育休を取得した夫と飼い猫の受難
私たち夫婦は職場結婚。二人とも入社して10年以上経ち、やっと子どもを授かった。
中堅社員となっていた夫は育休を1年取得した。古い考えの上司たちは「1ヶ月の間違いでは?」と言っていたそうだけれど、自分の仕事の調整は自分でできる夫。出世欲の無い夫。失うものは大して無いことが分かっているから、上手に取り回して、息子が生まれた翌々日に、私の実家に飛んできてくれた。
「夫が育休を1年取得してくれたの」と私が知人に話すと「旦那さんすごいね(会社と交渉を上手にしたんだね)」とか「しっかりした会社なんだね(制度が整っているんだね/取得できる社風なんだね)」などの感想を頂ける。ま、復帰した後、どこに飛ばされるかわからんけどね、と私たち夫婦は冗談半分・本気半分で思っている。でも育休を取得して会社にどうこうされたとしても、人生なんとかなると考えているのは夫婦で一致している。
飄々と難題をくぐり抜けて器用に見える夫だけれど、うまく対処できないこともある。これまで育児中に2回嘔吐し、3回寝込んでいる。
夫が嘔吐した理由は、1)私の母が息子を抱っこしたとき 2)息子のうんちの匂いを嗅いだ時。
は? と思う人もいるかもしれない。私がそうだ。え?そんなんで吐くの?でも本人はマジだった。瞬間的に気持ち悪さがこみ上げてきたらしい。そういうものかー、生理現象は対策難しいなあ。
寝込んだのは、1・2)夜間のミルクのお世話担当を何日もしていたとき 3)息子が金切り声を出し始めた時。 夜型人間だからと、夜勤(夜中じゅうずっと起きて、明け方に就寝する生活)をし続けていたら、人間は壊れるようにできている。夫は高熱を出してそれぞれ3日ほど寝込んだ。自律神経を甘く見てはいけなかった。2回も寝込んでからは、夜勤生活はやめてもらった。夫婦で揃って、3時間おきのミルクのタイミングで起きてお世話をしている。
金切り声で寝込むのは当初私は「繊細すぎない?」と落胆した。でも、ぎょっとするほど夫は消耗しきっていた。社会人の娘さんがいる知人に、「夫が育児ノイローゼになったみたい」と相談したところ、「私も自分が子育てをしている時は、赤ん坊の声なんてへいちゃらだったのに、自分の子供が大きくなって、他人の赤ん坊のキンキン声を聞くと今はもうどうしても無理なのよ。きっと、産後のママの体には、耐性がついているのかもね」という話をしてくれた。ストンと腑に落ちた。そっか、私が平気でも、夫にとっては、とてもとても耐えられないものなのかもしれない。
丸二日真っ暗な部屋で寝込んでいた夫は、ヘロヘロになりながら出てきた。今もまだ、耳栓をしながら生活していて、息子とは別の部屋で寝ている。
猫のコウちゃんは、生後3ヶ月半で我が家にやってきた。最初は人に慣れず怖がっていたけれど、今は私たち夫婦が近づいても怖がることはなくなった。特に、おもちゃやおやつをたんまりくれる夫を気に入り、顔を見るたび構って欲しいとせがんでいる。
ところが、今の育児ノイローゼ気味の夫には、コウちゃんの「構って」攻撃がさらに彼を追い込むようになってしまった。今までは都度相手をしていた夫も、もうその余裕がない。コウちゃんが近づけないように、自室に籠るようになった。彼の部屋からかすかに響いてくる足音を聞きつけるたび、コウちゃんは何度も鳴いて呼ぶ。その声が夫を刺激しないよう、私はおもちゃでコウちゃんの気を紛らす。エンドレス。
猫はうるさい場所は苦手だ。人間の赤ちゃんが泣きわめきだすと、耳を伏せて逃げ場のない部屋の隅で静かに耐えている(ように見える)。自分の意思とは関係なく、この家に連れてこられてコウちゃんは不幸せだろうか。子どもが大きくなったら、泣き声は減るかもしれないけれど、今度は興味の対象として追いかけられるかもしれない。
育児中の悩みは、子どもの成長と共に解決する、と育児書に書いてあった。きっとそうなのだろうと思う。今は、今の時期だけ、しんどいのだろう。きっと、子どもが成長すると、きっと変わっていく。良い方に変わるものもあれば、悪い方に変わるものもあるかもしれない。でも、永遠に続くものはないはず。
私の足元のホットカーペットで、夫と遊べず寂しそうなコウちゃんの寝姿を見て、もうしばらく、辛抱してね、代わりに私がおやつあげるからね、とつぶやいてみる。